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東京地方裁判所 平成11年(ワ)25459号 判決 2000年11月30日

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は,原告らに対し,それぞれ4000万円及びこれに対する本訴状送達の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は,訴外甲野花子(平成8年6月17日死亡―以下「訴外花子」という)の5人の相続人のうちの3人である原告らが,生前に禁治産宣告を受けた訴外花子の後見人職務代行者ないしその後後見人に就任した被告弁護士に対して,訴外花子の財産管理につき善良な管理者としての注意義務を怠り,相続人の1人である訴外甲野二郎(以下「訴外二郎」という)が経営する訴外株式会社甲野商会(以下,単に「訴外甲野商会」という)に3億円を貸し付けたとして,実質的に右3億円が回収不能になったことを理由に3億円のうちの原告ら3人の相続分各自6000万円につき,各自4000万円についての損害賠償を請求した事案である。

一  前提事実

(一)  当事者(争いがない)

1 原告らは,いずれも訴外花子の子であり,同人の相続人である。

訴外花子には,原告らのほか,訴外丙川葉子及び訴外二郎がいる。

2 訴外花子は,平成元年1月23日,禁治産宣告がなされた。

これにより,訴外花子の夫であった訴外甲野太郎(平成6年12月16日死亡―以下「訴外太郎」という)が訴外花子の後見人に就任したが,その後,平成元年10月12日付審判をもって,訴外太郎について後見人の事務を仮に停止する旨の審判がなされ,同年11月13日付審判をもって,弁護士である被告が訴外花子の後見人職務代行者に選任された。

そして,平成7年3月13日付審判で,被告Y弁護士は訴外花子の後見人に選任された。

(二)1  訴外花子及び訴外太郎は,別紙物件目録の土地と建物を共有していたところ,平成元年9月18日,右不動産を訴外太陽不動産株式会社に売却し,同社は同年10月9日に訴外有限会社鈴鹿(後に株式会社日向に組織変更した)に転売した。(甲五,乙三の6,弁論の全趣旨)

2  甲野商会が千葉家庭裁判所に本件不動産の買い戻しのため訴外花子の預金から4億円の貸付を求める上申がなされた。(甲四,乙一)

3  千葉家庭裁判所の担当審判官は,平成4年11月30日,(1)甲野二郎を連帯債務者若しくは連帯保証人とすること,(2)担保として別紙物件目録記載の物件(本件不動産)につき抵当権の設定を受けること,(3)然るべき利息及び損害金の約定をすることを条件として,被告である後見人職務代行者が訴外花子の預金の中から3億円を訴外甲野商会に対して貸し付けることを許可した。(乙二)

二  争点及び当事者の主張

1  被告の善管注意義務違反

(原告らの主張)

被告は,後見人職務代行者あるいは後見人として,被後見人である訴外花子の財産を善良な管理者の注意義務をもって管理する義務を負担していたところ,この義務に違反して訴外花子の財産を著しく減少させた。

訴外甲野商会から別紙目録記載の本件土地建物を訴外日向(旧有限会社鈴鹿)から買い戻すため,訴外花子の預金の中から4億円を貸し付けることの許可の上申があり,この上申を受けた被告は,上申の趣旨に沿って千葉家裁の許可を求め,同裁判所は(1)甲野二郎を連帯債務者若しくは連帯保証人とすること,(2)担保として別紙物件目録記載の物件(本件不動産)につき抵当権の設定を受けること,(3)然るべき利息及び損害金の約定をすることを条件として,訴外花子の預金の中から3億円を訴外甲野商会に対して貸し付けることを許可した。

被告は,本件貸付の実行の許可を求めるにあたっては,善管注意義務に基づき少なくとも右貸付を行う必要性の有無及び貸付金返済の確実性の有無を確認しなければならない。また,被告が右貸付を実行するにあたっては,抵当権その他適切な担保の設定を受けなければならない。更に右貸付を実行した後は,被告は利息の徴収その他貸付金の管理を適切に行わなければならない。

しかるに被告はこれらのことを怠ったものである。

(被告の主張)

被告の善良なる管理者の注意義務違反の主張は争う。

本件許可申請は,訴外二郎(甲野商会の代表者)からなされ,裁判官が判断したものである。

被告は,右決定に従って誠実に事務を執行した。

2  損害の発生

(原告らの主張)

訴外甲野商会は,訴外花子の遺産管理人から提起された貸金返還請求訴訟において,本件貸付金の存在を争っている。

それゆえ,本件貸付金3億円の回収が不可能になったことになり,同額の損害が発生している。

原告らは,訴外花子の相続人として,右損害賠償請求権を相続したものであり,相続人は原告らを含めて5名であるから原告ら各自3億円の5分の1に相当する6000万円の損害賠償請求権がある。

(被告の主張)

原告らに現実の具体的な損害は発生していない。

仮に何らかの損害が原告らにあるとしても,これと因果関係のある被告の注意義務違反はない。

本訴は不当訴訟である。

第三  争点に対する判断

一  争点1(善管注意義務違反)について

原告らが被告の後見人職務代行者ないし後見人としての訴外花子の財産を適正に管理する義務を怠ったとする具体的事実の内容は,その主張によれば,訴外甲野商会へ4億円の貸付の許可を求めたこと,右に際して貸付を行う必要性の有無及び返済の確実性の有無の確認を怠り,適切な担保の設定,貸付実行後の利息の徴収等の貸付金の管理を怠ったというものである。

しかしながら,原告らの主張は,貸付を行う者の側からする一般的な注意義務の主張に終始し,本件貸付当時貸付の必要性がなかったことや返済の見込みがなかったことを主張しているわけでもなく,また,右貸付の必要性なり返済の確実性の確認義務を怠ったと言うが,証拠(甲四,五,乙一)によれば,訴外花子の相続人の1人である訴外二郎が裁判所に本件貸付の許可を上申したもので,本件不動産の売主である訴外日向の代理人から右裁判所への事情説明や訴外甲野商会の代理人弁護士による本件物件の過去の売却,売買無効訴訟提起そして今回の買い戻しについての経過の説明があり,身内の1人である訴外二郎が経営する訴外甲野商会がこれを買い戻すことは,原告らからも当時明確な反対がなかったことが窺われ,これらの情報に基づいて裁判所は貸付金を3億円に限定して貸付許可をしたものであることが認められる。

前提事実,証拠(甲四,五,乙一,二)及び弁論の全趣旨によると,貸付の必要性については,本件不動産が以前訴外花子と同太郎の共有であった不動産であること,本人ら及び親族がその取り戻しを希望していたこと,所有者の訴外日向も売却意思の存在が窺われることから,一定の必要性ないし買い戻しの契機が認められ,返済の可能性については本件不動産の価値の変動による担保価値の流動性や貸付時の経済情勢といった不確定な要素がありうること,また,本件証拠上訴外甲野商会からの返済可能性が全くなかったとは認定できないこと,裁判所が貸付を許可するにあたって訴外甲野商会の代表者である訴外二郎の連帯保証,然るべき利息及び損害金の約定をも条件としていること,貸付金も4億円の上申に対して3億円に限定していることなどに照らすと,裁判所の貸付時にあたっての判断が不当であるとも言えず,ましてや被告においては本件証拠上本件貸付を主導的に推進したり,積極的に裁判所へ働きかけていた様子も証拠上窺われないこと,さらに証拠(甲六,乙三の1ないし3)によると貸付時に訴外二郎と連帯保証契約を締結しており,本件不動産に抵当権も設定し,一定の利息と遅延損害金の約定もしていることからすると,貸付の必要性,返済の確実性の確認にあたって,同人に善管注意義務違反があったものとは到底認定できない。

次に,原告らが主張するところの本件契約後の債権の管理について見ても,証拠(甲六,乙三の1ないし9,四,九ないし一二)によれば,貸付にあたって抵当権の設定及びその後の状況についても被告に特段の懈怠は認められず,抵当権の順位の変更については原告らも同意しており,利息金の催告も被告はしており何らこれらの点につき管理者としての懈怠は認めらない。

二  これに対して,原告らは,前記のように貸付の必要性,返済の可能性ないし確実性の確認を怠ったことを抽象的に問題にするだけで,後見人職務代行者ないし後見人としての被告の具体的な義務違反の事実の指摘が一切ない。加えて,原告らの代理人は,本件訴訟の第1回弁論準備手続期日以降において,被告代理人からの具体的主張と立証の督促及び裁判所からの同様の要請にもかかわらず,一向にその具体的対応をせず期日を重ね,被告が訴外花子の後見人職務代行者及び後見人に選任されたときの一件記録の文書送付嘱託を申し立て,これにより被告の右義務違反の事実を明らかにして立証をすることが可能であり,それをもって立証を終える旨確約しておきながら,送付文書から証拠として提出してきたものによっても一向に被告の義務違反が明らかとならないだけでなく,具体的事実の指摘もないままに人証による更なる証拠調べの申請に及ぶなどしている。

このような原告ら代理人の訴訟追行態度及び別訴において訴外甲野商会及び訴外二郎に対して訴外花子の遺産管理者が貸金等返還を請求しているものの思うように進展しないことからすると,原告らの本訴提起及び追行による行動は,模索的に証拠資料を集めて訴外花子の後見人職務代行者ないし後見人の事務にあたった被告を糾弾するためにする訴訟と受け止めざるを得ない。

第四  結論

以上によれば,その余の争点について検討するまでもなく,審理の現状からすると原告らには被告の職務上の義務違反を具体的に主張して立証する見込みがないものと思われるので,原告らの請求には理由がないことが明らかであるからこれを棄却することとして主文のとおり判決する。

別紙 物件目録<省略>

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